NHK障害福祉フォーラム原稿

小松島市政50周年記念パネルディスカッションより



・学生時代の夢は「いつかどこかへ一人旅」
 子供の頃から、いつか一人でどこかに行ってみたいと思ってました。そしてそれは安易に実現できると思ってました。こういう身体だからすべてを一人ですることは不可能です。でも一人旅は簡単だと思ってました。なぜならば、行った先々でそこにいる人たちに手伝ってもらえばいいと思っていたからです。「立ってる者は親でも使え」という言葉がありますが、ボクには、目の前にいるすべての人が介助者に見えていたのです。「考えが甘い」とさんざん言われましたが、絶対大丈夫だと信じてました。
 今もそう思ってます。海外に2回ほど行ったことがあるのですが、その度に自分の考えが正しいことを確信していったわけです。なぜならば、福祉先進国といわれている国であっても世界一障害者に優しい街といわれるアメリカのバークレーであっても、移動しやすい歩道が完璧に整備されてはいなかったのです。イギリスなどは街の景観を保つため、歩道は石畳です。決して動きやすいとは言えません。それでも町中で車椅子をよく見かけました。その理由は、街の人たちがいつでも手を貸してくれるからです。しかもそれが自然なんです。人に優しい街とはこういうことなんだなと思いました。
 小松島の街は、お世辞にも僕たちに優しい街だとは言えません。歩道は狭いし、橋は勾配がきつくて一人では渡れません。けれど、街中には人がいっぱいいます。通りかかった人がちょっと手伝ってくだされば、僕らだってどこにでも行くことができるのです。そしてすでに快く手伝ってくれる人もたくさんいるわけです。
 でも、障害者自身やそのご家族の方、あるいは施設の職員などの中には、他人に手伝ってもらうことを由としない人が多いようです。何でも一人でできることが自立だと勘違いしていたり、人に迷惑をかけるから良くないと考える人がたくさんいます。そこでこう考えてはどうでしょう。通りすがりの人にお手伝いしてもらうことは迷惑をかけることでも何でもなくて、その人に介助の仕方を教えてあげるんだと思えば・・・。かなり強引な論法の結果導き出された答えで、こんなことを施設の職員などの耳に入れば外出させてくれなくなるかもしれませんが、こう考えることで人に頼みやすくなります。
 ボクは昔から、まず障害者が街に出ることが大事だと考えてきました。どんなに環境が整っていなくてもどんなに不便であっても、とにかく人が集まるところへ出ていく。どんなに嫌な顔されようがとにかく行く。みんながみんな嫌な顔するわけじゃーありませんから。そうして障害者と健常者が接していく中で少しずつ社会が変わっていくと信じてます。社会を変えていく主役は自分たちだと思っています。

・鍵がかかっているトイレやエレベーター、止められなくしてある駐車場
 外出するときに一番気になるのがトイレだと思います(思いますというのは、ボク自身は普通の男子トイレで用が足せるから)。いくら人に頼めばいいと行ってもトイレは頼み難い。自分であるいは自分たちで用が足せるトイレがあるかどうかで、そこへ行くか行かないかを決めることも多いと思います。だから、車椅子でも入れる広いトイレはできるだけたくさん欲しい。というかすべてのトイレが広いというのが理想なんです。
 最近は車椅子のマークの付いたトイレも増えてきています。ボクらには大変嬉しいのですが、「滅多に使わないのにもったいない」と思った人いませんか。ボクはしょっちゅう思います。別に障害者専用にしなくても誰でも使っていいのにと思ってしまいます。中には普段カギがかかっていて係員を呼ばなければ使えないトイレがあったりします。トイレだけではありません。カギのかかったエレベーター、囲いのしてある駐車場。実におかしなことですが実際によくある話です。
 なぜそんなことになるのか。多分それはみんなの中に「障害者のために特別に作ってあるのに」という思い込みがあるからだと思います。障害者側も「自分たちのトイレなのに健常者が入るとは何事だ」と怒ったりする人もいます。でも、せっかくの広いトイレなのだから、せっかくのエレベーターなのだからみんなで使えばいいじゃないですか。ちっちゃな子供を連れているときなどは一緒に入れると安心だろうし、壁に立てかけられる簡易ベットがあればおむつの交換にも便利です。こういうトイレを「多目的トイレ」と呼んでいるところもありますが、とにかく特別なモノを作って障害者専用にするのではなくて、より多くの人が使いやすいモノを障害者優先という気持ちを持ちながらみんなで使うというのが、今のところベストな考えではないかと思います。
 こういう考えやそれに基づいたモノ作りを「ユニバーサルデザイン」と言います。1990年、アメリカのノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス氏等によって提唱されたものです。最近はマスコミにもよく取り上げられ、少しずつ市民権を得てきているなぁと思っていたのですが、試しにウチの職員に質問してみると半数以上の職員が知りませんでした。組合の旅行でUSJに行った直後でもあったので「USJのデザイン?」という答えが多く返ってきました。施設の職員でさえこんなものだから、一般には殆ど知られていないんじゃないかと思い知らされたのがついこの間です。
 ならば、せっかく広いトイレがあったとしても使い方が分からないんじゃないかと思うわけです。また、何のために広いスペースの駐車場があるのか正確には分かっていないと思うわけです。他にもいろいろあると思いますが、そういうことをみんなに知らせていくことが大事なのではと思います。例えば、こういうフォーラムを開いたり、トイレや駐車場にパネルを設置したり・・・。そしてもっとも効果的だと思われるのが学校を通じて子供たちに浸透させていくこと。大人は頭が固いんで理屈は分かっても根の部分でもう一つ理解でない人か多いのですが、老い先も短いんでこの際はいいでしょう。それよりもこれからの未来を背負う子供たちです。しかも既成概念がないからすっと頭に入りやすい。そしてあわよくば子供から親へと広がっていけばもっとも効率よく浸透していくと思うのですがどうでしょうか。その為ならどこにでも飛んでいきますんで、いつでも呼んでください。
 あと、設備の面でもう一つ。駐車場には1ヶ所でいいから屋根が欲しいですね。車の乗り降りにはどうしても時間がかかってしまうんで雨が降るとずぶ濡れになってしまいます。そんなとき屋根があったらどんなに助かるか。駐車場まで屋根を付けるのが無理なら、ホテルの玄関みたいに車から降りるためのスペースがあればいい。いったんそこで降りて車は駐車場へ回してもらえばいいだけですから。駐車場に屋根がある場合も同じです。いったんそこで降りて違う場所に止めるのがマナーだと思います。自分は障害者だからといって屋根付きの駐車場に止めておくと、次に来た人が降りられないじゃないですか。屋根付きの駐車場というのは自分で運転してきた人だけが止めておいていいスペースなんです。このことは障害者の中でも以外と知られていない。だからパネルなどで周知させる必要があるんです。そしてそれが分かれば、健常者の方だってそこで家族を降ろすことができるじゃないですか。使えるものはみんなで使わなくちゃーもったいないですよ。
 それから、手摺りは木製かプラスティック製がいいだとか、スロープの素材は滑りにくいものにして欲しいだとか言い出したらきりがないんだけども、あともう一つ加えるとしたら、障害者と市民の合同の交通安全教室の開催ですね。なぜ交通安全かというと、最近車椅子の交通事故が増えてきているんです。他の自治体ではもうすでにやっているところもあるようですから、小松島でも是非やってみて欲しいと思います。

・障害者だって貴重な人材資源。しっかり働かせ税金を搾り取ろう。
 失業率5.3%。就職を希望している障害者が13.2万人。戦後最悪の状況の中で障害者の就労について話し合っているわけだけど、ボクとしてはそんなに悲観的に考えていません。理由その一。ITなどの発達で今まで不可能だったことが可能になりつつあること。自宅勤務という形態が増えつつあるのもその一つです。理由その二。高齢化が進み労働人口が減ること。障害者だって高齢者だって働けるものは働けという時代になると思われます。かといって黙って待っていたら働けるようになるとも思ってません。きちんとした技術を身に付けるのは勿論ですが、それをどうやってアピールするかというのも大切です。自分の能力を把握し、それを売り込んでいく力が必要だと思います。
 知的障害者には周りの健常者の能力が重要になってきます。つい最近、厚生省が「ジョブコーチ」を養成し全国に配置するというニュースを耳にしましたが、こういう障害者のことが分かった職の専門家がたくさんいてくれれば、大変心強いと思います。
 また、こんなことをド素人のボクが言っていいのか分かりませんが、例えば、障害者が働く場所として小規模作業所というのがあります。しかし、どことも障害者一人あたりの月収はそんなに多くないはずです。中には一万円に満たないところもある。これでいいのかと思うんです。こんなんじゃー働く喜びも湧かないし誇りも持てない。「仕方がない」という声が聞こえてきそうですが、もしそこに経営のプロがいればもう少し何とかなるように思うのですが・・・。あまり偉そうなことは言えませんが、何を作るか(生産)よりどうやって売るか(営業・販売)だと思うわけです。「福祉と金儲けは違う」などと言わずに経営学を勉強してみてはいかがでしょうか。
 とにかく、自分に自信を持って、それをいかにしてアピールしていくかだと思うのですが、欠格条項だとか企業の採用規定だとか、なかなか壊れない壁がたくさんあるのも事実です。例えば、某国営放送の職員採用ガイドには「履歴書は自筆で記入のこと」みたいなことが明記してあるそうです。代筆はダメ、もちろんパソコンによる活字もダメだそうです。これでは視覚障害者や重度の機能障害がある者は採用試験を受けることすらできません。字が書けなくったってパソコンがあれば十分仕事ができるのにです。このように、自分の能力をアピールする機会さえ与えられないこともある。そしてこんな時に必ず出てくる言葉が「前例がない」。障害がある者にはできないと頭から決めてかかってるんです。できるかできないかはやってみなけりゃわからない。とにかく自分の能力をきちんとアピールできる場所だけは確保して欲しいものだと思います。そしてその能力が認められたなら、しっかりこき使ってください。国はしっかり税金を搾り取ってください。年金を与えて保護するよりも、就労を支援して税金を取る方が得策だということに気付いて欲しいと思います。

・もっと政治や行政に関心を持とう。
 税金を払うようになると(今でも消費税はしっかり払ってますが)国民の権利として政治や行政に意見したくなるはずです。でも、選挙の投票率は非常に低く、国民全体が自分たちの権利を放棄しているように思えてなりません。だからこそ今がチャンスだと思うわけです。こういうときに自分たちの意見を言えば、自分たちの意見を代弁してくれる人を応援すれば、当選する確率は高くなり、自分たちの意見が反映されやすくなるわけです。現に国会議員の中には障害者もいらっしゃいますし、全国の市町村の中にも障害を持った議員さんはたくさんいます。そしてそういうところは必ず障害者の活動が活発で、いい街作りができていると思います。
 また、市民の立場から意見を言うことも割と簡単にできるようになりつつあります。手紙で市長さんなどに提案してみたり、最近は電子メールでも簡単に送ることができます。「パブリックコメント制度」といって、行政側からいろいろな案を公表し、それに対して意見を言うという双方向の関係もできつつあります。徳島県でも今月から試行しているみたいです。しかし、これらのことも以外と知られていないし、そんな事しても無駄だと思っている人がたくさんいます。だから今がチャンスです。みんなが意見を言わないときにいえば、それだけ目立つというものです。
 ボクたち障害者は、これまで何をしても常に受け身でした。周りのものが何とかしてくれる、行政に任しておけばいいように考えてくれる、そんな考えの人が多かったように思います。でも、これからはそうはいかない。再来年度からは支援費制度が始まります。措置から選択へ。すべて自分で判断して決めなくてはならなくなるのです。当然責任も自分でとらなくてはいけなくなる。一見面倒くさそうに見えますが、これでやっと一人前の大人として認めてくれる、そんな制度だと思います。それにこの制度は市町村が主体で運営されます。市町村の政策が直接ボクたちの生活に関わってくるのです。
 だから、これを機にもっともっと市政に関心を持って欲しいと思います。そして積極的に意見を言い、自分たちをもっともっとアピールしていきましょう。そうすることで小松島はもっともっといい街になっていくと思います。

・交流の拠点にぜひ飲食店を。
 県が障害者交流プラザという活動の拠点の建設を進めているということですが、その中に飲食店はあるのでしょうか。人と人の間に食べ物があればそれだけで楽しくなる。話も弾むというものです。本当は居酒屋とかがあれば嬉しいのですが、喫茶店のような簡単なものでいいと思います。そしてその経営を障害者の団体に任せば雇用の創出にもつながる。ぜひ考えてみて欲しいと思います。


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